橋を渡った先は死しかない

躁鬱病を抱えた人間の日記。そのとき感じた気持ちを置いておく場所。

過剰摂取

私は、たぶん寛解といわれる時期が長かった。
寛解といっても、躁鬱の波はあったし、無茶なことはたくさんしてきた。部屋を借りたり、一人じゃできない量の仕事をたくさんしたり、燃え尽きて寝込んでいたりして、気分のコントロールができていたかはわからない。
それでも毎月やってくる仕事の期日に合わせ、体調管理はおこたらなかった。

けれど、あっさりと寛解期間がなくなった。
母の病状悪化がきっかけで、父親と祖母の負担が一気にのしかかり、就労Bの利用をはじめて自殺行動をおこすようになった。

あげくのはてに、退院して間もないのに薬の過剰摂取だ。
いつもどおりの八時か九時に目が覚めて、四時まで眠った。コーヒーの粉がなくなったことが悲しくて、買い物にいかなきゃいけない現実、洗濯していないことが情けなく、それでも買い物も洗濯もやる気はなく、ただどうやって自殺するかばかり考えている。


精神保健センターや保健所に行くことも考えてみたけれど、考えただけで終わった。
どうせ死ぬからいいか、と。
飛び降り自殺か中毒死か。どちらでもかまわないけど、死体が残らない飛び降り自殺のほうがいいかな。


疲れたな……。